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2009-08-23

『蒼天航路』の死に様、退き際。

ふっと先日、『蒼天航路』の死に様、退き際について考えていた。
何せ、『三国志演義』が原作なので、英雄がどんどん死ぬ。
その中には張譲のように寸刻みに殺されたらしい無残な死に方の人も居るし、みんなに見守られながら病で逝った郭嘉や荀攸のように比較的穏やかに死んだ人も居る。
呂布や関羽、董卓のように壮絶な死に方をした人も居る。
でもその中で妙に気になる死に方をした人も居て。

特に気になったのが周瑜。演義では諸葛亮の引き立て役のような役回りで、劉備を無力化することに積極的で、その上、毎度、諸葛亮にやられてしまう損な存在だったので、陸遜ほどの好印象を持っていなかった。しかし、『蒼天航路』での死に方はかっこいいな、と思った。一個の才が三代に渡る優れた王に仕えることのできた幸福を失う意識の中で感じながら、ひざまずき、死んでいく。当時としてもあまりに若い死であり、彼の死は孫堅、孫策の死とともに、呉にとってとても大きな損失だったのは確かだけど、でもあの死に方はかっこいいな、と思った。
そして孫堅。同様に体中を矢で貫かれながらも充実した己の生を満足しながら死んだ。
結局のところ、死んだ時にどんな思いで死ぬのか。無念な思いのまま死んでいった数多の英雄(公孫瓉あたりはそうだろう)たちの中でそういう死に方で描かれた人というのはかっこよく見える。

そして前にも書いたけど、程昱。彼の場合は満ち足りた思いで引退することができた。
輝かしい功績をたくさん残せたように見える他の軍師に比べ功績は地味だとしても、時代の中で己の役割を果たしきれた満足感。そしてその意思が明らかな形で次の代に受け継がれたことを知ったこと。死ではなく、一線から穏やかに退いた彼の姿は『蒼天航路』では異色ではあったが、かっこよかった。

劉馥。作中で生きた彼の活躍する姿は全く無かったのだが、彼が造った合肥。空き城だったこの都市に彼が施した数々の優れた政策の結果、魏における有数の大規模かつ豊かな都市が生まれた。彼の姿もかっこよい。

それらに比べると関羽の場合は、死の間際の感覚は孫堅や周瑜に近いのだけど、そこに至る戦いの壮絶さや、その後の悲惨さを思うと、素直に「すごい」と感心できないところがある。

あとは山隆。彼の場合は「かっこよい」とか「すごい」じゃないんだけど、やはり本作を読む上では忘れられない存在だよな。

などとふらふらと。

すみません、例によってオチのある話ではないんですがね。

ひねもすキョウトstyleでミヤモトシンタ氏が先日、『蒼天航路』の郭嘉の死について語っておられたことに少し偶然性を感じて嬉しかったり。

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コメント

あと個人的に外せないのは陳宮だなぁ。
陳宮個人と言うよりも呂布とのつながり、運命を含めて何とも切ない。
その呂布にあっけなく握りころされた、徐栄に関しては不謹慎ながら笑ってしまうのだけれど。

極厚版では、山隆の逸話を含む巻末のコメントがないのが残念だ。

ああ、陳宮。蒼天航路を読んで、陳宮に惚れた。
死に際は演義と同じように潔いので、決して死に際そのものの見せ場感は無かったんだけど、徹頭徹尾、呂布に尽くすあの姿には惚れる。
徐栄に関してはあんまりにあっさりすぎて、よく似た別の将軍かと思ったよ。だって前の巻であんだけ活躍してるんだぜ?あれじゃ、少年マンガで主人公にぎりぎりで敗れた前のシリーズの大ボスが次のシリーズの大ボスにやられちゃってるみたいじゃないか。

山隆、コメントが割愛されてるのかあ。それは確かに残念だね。

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