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2008-12-27

文章について。あまりにも青臭い話。

村上春樹『風の歌を聴け』に登場するハートフィールドはヘミングウェイやフィッツジェラルドと比べても遜色の無い文章の力があったそうである。但し、何と戦うべきか最期までわからなかった。彼の書く小説の大半は宇宙人などの出てくる荒唐無稽なものだった。
恐らく彼のモデルであったであろうハワード・フィリプス・ラヴクラフトもまた文章について考え抜き続け、同様に戦うべき相手も無いまま、生涯を終えた。

社会と対峙していなかったことが問題なのだろう。
今は知らないが、当時の村上春樹にとって優れた作家とは社会と向き合い、戦う作家のことを指していたのだろう。
今、果たして彼が言うような優れた作家は国内にどれだけいるのだろう?
少なくとも私はそんな作品を久しく読んでいない。
しかし、大江健三郎にせよ、村上春樹にせよ、当時、彼らが戦っていた社会は分かりやすかったのではないかと思う。
今の日本人が戦うべき「社会」とは何か?
少なくとも私には対峙すべき社会は見えない。

で、まあ言いたいことは複数有る。
昔の作家は明確なぶつけたい社会があって良かったね、とか、ラヴクラフトは社会に対峙しないところに私は惹かれてたんだろうなあ、とか、そういう意味での彼の代表作は『アウトサイダー』なんだろうなあ、とか、フィッツジェラルドやヘミングウェイは大した存在かもしれないけど、社会と対峙することが作家の良し悪しだろうか、とか、結局、最近の作家ってあんまり大した人がいねえんだろうなあ、とか、例えしっかり社会と対峙している作家がいても売れないよなあ今の世の中、とか、そういうほど私は今の作家を知らないだけじゃないか、とか、まあそもそもこの文章自体があまりに稚拙に過ぎるのでうんざりだ、とか、それでもブログにあげちゃう自分の恥知らずなふるまいはどうなのか、とか。
恥知らずだという自覚は大いにあるが、別に自分をリヴォルヴする気は無いなあやはり。
ま、そういうことで。

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