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2008-07-16

死刑にまつわるエトセトラ。

死刑に賛成か、と聞かれたら、その人が間違いなく有罪でしかもそれがまさに万死に値するものなら賛成である。世の中には「生きていてはならぬ」人間というものもいるとは思う。

因果応報という言葉がある。被害者や遺族はまさに八つ裂きにしてもまだ許せない相手というのもいるだろう。しかし仮に相手を八つ裂きにしたとしたらその因果は八つ裂きにした側に帰ってくるだろう。
ここで気になるのは死刑を執行する人々のこと。日本の場合は絞首刑だが、首に縄をかける人。踏み台が外れる装置を使う人。皆、相当神経をすり減らすお仕事だろうと思う。苦しみ、摩耗し、麻痺するお仕事なんじゃないかと思う。
法務大臣が判を押す度に、「人殺し」を増やしているのだ、と考えてしまうとなんともやり切れない。
死刑執行のお仕事というのはなんと辛く崇高なお仕事なんだろう。

前述の通り、私はどちらかというと死刑に賛成する人間だが、そうやって考えていくと段々と死刑というものの難しさに気付かされてくる。

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コメント

死刑という制度が現行である以上、法務大臣が「判を押すこと」は 正しいと思うのです。
大臣さんだって本当は、なんやかんや言われながら自分が最終判断下すのは嫌だろうし。
(本文とそれてごめんなさい。)

ちなみに「死刑になりたいから」と他人を殺す人たちに
「自分ひとりで死んでくれ」は、言っちゃいけないことだけど
言いたくなること。

ワタクシも死刑賛成者ではあるけど…
執行する人たちの事まであまり考えてなかったなぁ。

しろ。さま。
末尾のひとことは私もよく思います。
おっしゃるように法務大臣も好きでやっているわけでは無いですもんね。一連のプロセスは執行する上で責任を分散させる大切な手段ですね。

たこすけさま。
まあ結局ひまなんで余計なことを考えちゃうんでしょうね。しかし今まさに死ぬ人を助けるのではなく死に手を貸す仕事、大変でしょうね。やはり。

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