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2008-02-14

謝罪。

朝、NHKニュースで、映画「裸足の1500マイル」が紹介されてた。
オーストラリアのラッド首相が、1970年代まで行われていたアボリジニの子供を親から引き離して白人社会で育てる政策について謝罪したニュース。

政策の経緯はよく知らない。
映画は観た。やりきれない話だった。
しかも、ほんの少し前まで実際にこんな出来事があったということがやりきれない。
差別、迫害、というものについて言えば、かつて日本が行った差別を日本人として、あるいは、日本人同士ですらひどい行為があった事実を前にして、しかも未だにさまざまな問題が複雑にからみあったまま解消しきれていない現状に、複雑な思いがある。
それに日常と同化して気付かない差別を未だに行っていそうな気がしてそれも怖い。

件のオーストラリアの問題も、今回がはじめての謝罪だったことを鑑みるに、賠償問題、保障など未だ解決していない問題は山積みではないか、と思う。

しかし、紹介されていたアボリジニの方が謝罪会見を泣きながら見ていた場面を見ると、少なくとも、救われたものがあった気がした。
とにかく、良かった。

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コメント

差別…無くしたいとは思うけれど、
僕の心の中にも根深くある問題。
しちゃいかんと思いつつも、
無意識や意識的に差別をしてしまう。

いかんなぁ。

Stolen Generation ってやつですね。
いま考えるとエラい極端なロジックで行われたようですが、問うべきはそれがある種の「善意」に根ざした(つもりの)政策だったということですよね。
自分がある種の価値観のまっただ中にいるときに、その価値観を相対視するのは難しいんでしょうね。

たこすけさま。
同じく、です。
できることなら差別なんかしたくないんですが
・・・でもどこかでしてしまってるなあ・・・と自己
嫌悪に陥ることも多々です。

shibataさま。
ままあることですが、「小さな親切、大きなお世話」
と日常的に言われる事象のマクロ版って、歴史を
紐解くと多々発生してますね。
他人事のようにいってしまいますが、大衆が「良か
れ」と思ってやった行為が後世で「惨劇」と評価
されるようなことはいつだって起こりうるし、自身、
その大衆の一員であることを受け止め、改めて己を
戒めていかねばならんなあ・・・と今朝のニュース
を観て感じました。

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