2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ

メインサイト

« 今日は舞鶴。 | トップページ | 劇場版は古びないなあ… »

2006-10-06

自分を愛することができない人は。

人を愛することができない、という。エヴァンゲリオンだっけか?

国民が愛することができない国は、他国から愛されることもないだろうな、とふと思う。

« 今日は舞鶴。 | トップページ | 劇場版は古びないなあ… »

コメント

「日本という国に誇りを持っているか?」
と問われると…
即答できないなぁ(それが答えやもしえrないが)

「愛する」の反対語は「愛さない」でありません。
「関心がない」だと思います。
人に対しても、国に対しても。
不満なんてどこの国にもどこの人にもあって
それを「気に入らん」と思っていて
それを口にできるのなら
十分愛情があるのだと思います。

そもそも「愛」って言葉は明治時代に西洋からやってきた外来語。
中間色のような日本人の感覚で使いこなすのは意外と難しい単語です。

たこすけさま。
この件、詳しく書きたいのですが、なかなか書けない
テーマなんですよね・・・。
私もこの国を誇りに「思いたい」のですが・・・。

Bergaさま。
本当は「愛されない」ではなく、「嫌われる」と書き
たかったくらいです。もちろん、「関心が無い」も
有りですが。
現状では中国ほどではなくとも、政治経済上、
日本という国は他国からは無視できない国だろう
とは思います。
そういう意味では「関心がない」ということよりかは、
「好き」か「嫌い」かが問われることが多いのでは
ないでしょうか?
中間色としての日本人的感覚ともおっしゃいます
が、「愛」という言葉はなくともそれに近い概念や
感覚はあると思いますし、今や日本なりの「愛」と
いう言葉の使われ方はあると思います。
明治時代に入ってきた言葉は他にもいくらでも
ありますが、既におよそ100年が経過した現在。
「愛」について語ったり、歌ったりする人々は腐る
ほど居ます。本来の「愛」という言葉の概念から
はかけ離れてるとしても、愛について考えても
よろしいのでは?

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/105683/12175611

この記事へのトラックバック一覧です: 自分を愛することができない人は。:

« 今日は舞鶴。 | トップページ | 劇場版は古びないなあ… »

最近のトラックバック