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2006-09-04

星野之宜。

諸星大二郎と星野之宜が好きだという人間はひく。
何せ、この二人はかなりマニアックである。

しかし、既にお近付きの人が実は、二人を読む、あるいは好きだと
知ったら、「ま、ま、ま、ま、まあ。そんなところにつっ立ってないで
こちらで一杯やりましょう!」なんて言いたくなる。

さて。先日2冊、BOOKOFFにて星野之宜を購入。2冊とも文庫版で、
1冊は『宗像教授伝奇考第一集』(潮漫画文庫)、1冊は比較的最近出た
短編集『はるかなる朝』(メディアファクトリー)。
星野之宜と諸星大二郎は、私の中でよくごっちゃになった。名前がなんとなく
似ているし、装丁も並ぶ場所も近い。
星を名前に使う作者なんてなかなか見掛けないし、同じ作者が使い分けてるの
ではないか…と感じていた。
両者を読むようになると明らかにタッチの違う両者が同じとはさすがに感じなく
なったが、しかしSFと民俗学を盛り込んだ作風には重なるものを感じずには
いられない。

星野之宜の宗像教授シリーズをどこかの書評で「民俗学は諸星大二郎に
任せて、SFに専念してほしい」と書いてあり、「二番煎じ」かと思うとなかなか
手が出なかった。
しかし、たまたま先日は文庫であったということもあり、思わず買ってしまったわけ
だが、さすがである。面白い。
解説はとりみき。彼の解説もなかなかに興味深い。諸星の不安定なタッチが
生み出す非現実と星野のリアルなタッチによる非現実。確かにこの差は大きい。
諸星は常に異界と接しているようなタッチの画風である。しかし、星野は絵が
リアルなため、日常が異界に接している感じはしない。従って深海や宇宙、
秘境に行かないと異界を目の当たりにできない感じがする。

そのあたりのことがこの2冊には如実にあらわれている。例えば、宗像教授
シリーズの物語のほとんどは最後まで異界の生き物も異界に魅入られて体
まで侵された人間も出てこない。人間の所行が人間に返ってくるだけである。
諸星大二郎ならどの話も超自然的なできごとが起きるであろうつくりだが。
このような表現が正しいとは思わないが、諸星大二郎がエンターティナーで
あるとすれば、星野之宜はストーリーテラーだろう。

この星野之宜の作品を読み、山田章博を思い出した。特に『はるかなる朝』は、
山田章博の『ラストコンチネント』を彷彿とさせられる。
私は山田章博の才能を唯一無二のものと思っていた。しかし、画力、ストーリー、
演出。星野之宜と山田章博はよく似ている。私は星野之宜を4、5冊しか読んで
いないので、断言すべきではないのだろうが。しかしながら似た世界を描くことの
できる優れた漫画家を二人も知っているというのはまことに貴重な体験である。
何せ片方が引退されても楽しみが残るのだから。とはいえ唯一無二と思っていた
方に似た方がいたというのはなかなかに複雑な気分でもあるが。

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