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2006-05-31

今日のシンポジウム。

「地元学シンポジウム2006 みんなのくらし語り」
楽しかった。非常に充実した内容。どうやら客席にも相当な
方々が並んでいたようである。
まずは吉本哲郎氏。地元学の提唱者で、水俣市の役所の出身のようだ。
いろいろとつらい話も聞いた。修学旅行で京都や大阪に行った子たちが
泣いて帰ってきた話。水俣の子が飲んだ水は飲んではいけないとか、
消毒されたとか。
でも、思い返せば、大阪の過度な戦争教育を受けた私は広島に行った
とき、未だに残留放射能がありそうで、すごく町が怖かったのを思い出した。
面接や結婚などもことごとく拒まれた町。住民の中ですら被害者のせいで
作物が売れないとか思われてた。ずっと偏見に苦しみ続けた町。
その町が公式認定から50年目の今。再生した。朴訥と彼は語りかけるように
話された。

その次は飯島博氏。霞ヶ浦のでNPOアサザ基金の代表。
縦割りで地域割りで年度割りの自己完結しなければならない現在の国の
公共事業ではなく、住民による自己完結しない公共事業をめざしている。
鍵は子ども。子どもが人々をつなぐ。科学知と生活知の協同。
ピラミッド社会からネットワーク社会へ。住民参加から行政参加へ。
管理から働きかけへ。感性と知識の協同。

最後にコーディネーターの嘉田氏が、第2第3の2人を作れないかと聞いた
とき、吉本さんは「なろうとしてなれるもんじゃないけど、まあ、人生を棒に
ふれば・・・」といったのは大いに頷けた。
飯島さんのお話では、決してお役人はマイナスな人ばかりじゃない。
視察に来られる方はたくさんいるし、霞ヶ関で講師をされても、参加される
人々はすごく飯島さんの話に賛同される、という。
とかくお役所というと、事なかれ主義で縦割りで、腰が重いという印象だが、
そうでもないという彼の話はおもしろかった。考えてみると私の知るお役人も
すごく前向きな人もいるからなあ。

最後にネタ。あえて誰とはいわんが。あなたが携帯鳴らさないで下さい。
らしい気もしたけど。

主催の学生でる杭ネットワークのみなさん、本当におつかれさまでした!

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コメント

今日はお疲れさまでした。
吉本さんのお話は数回聞いていますが、あのような語りで水俣病のことを語られるのは初めてのように思います。地元学の出発点は、水俣病を抱えた水俣の社会の苦しみなんだと、改めて認識し、重い活動だと心から思います。
広島も、その点では通じるものがありますね。
飯島さんも、実践から生み出した方法論といいますか、興味深い話しで充実していましたね。
携帯・・・やはり、と思いました。ww
今度はまたごゆっくりお会い出来ればいいですね!

きたいさん、ありがとうございました!
吉本さん、いつもあんなお話をして下さるのかと
思ってましたが、ちがうのですか!逆にそれに
びっくりしました。とても重くて、すばらしいお話し
でした。
飯島さんもお名前をよくお聞きしてましたが、はじめて
講演をお聞きしました。
吉本さんは精神的に、飯島さんは理論的に非常に
参考となる素敵な講演でした。

・・・そして、携帯・・・。

ぜひ、また、きたいさんにもお会いしたいです!
どうぞこれからもよろしくお願いします。

広島は大好きな叔父さんがいて、
その人が被爆者であること、
小学校の学級文庫に「ハダシのゲン」があった事などで、
身近に感じてはいたのですが…
水俣はそんな差別を受けていたのですねぇ。
知らなかった、けどちょっと考えたら、
そういった事があたりまえのように行われているんだな、
という事まで想像が及ばない自分の想像力の貧しさにも…

広島県・・・。幼い頃は恐怖の町でした。
でも、おいしいものもたくさんあるし、いい町ですよね。
あの頃の私はすごく無知でした。
無知の罪ってすごく重いな・・・って昨日は感じました。

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