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2006-04-04

春と時について、もう1度。

昔、春と時に関する短い文章を書いた。みすぼらしい服装だが気品を漂わせた女性が、豪華な服装だが下品さを漂わせた男を道端で恨みがましくなじる姿を「私」だけが見ている。「私」は、それが2人とも神の子であり、男が「時」であり、女が「春」であることに気付く、そしてやるせない気持ちになってその場を去る、といったその程度の内容だった。 ロード・ダンセイニに「インスパイア」された完全なものまねである。 当時の私は、人は時ばかりを愛し、春を忘れ去ってしまったといった程度の認識だったが、今、改めて考えてみると、人は生きることと死ぬことを認識したことで、限りある生を燃焼させつくす事に精一杯なだけで、決して自ら「時」に耽溺したわけではなかったのではないかと、ふと思った。 つまり文明が人を侵したのではなく、文明は人の流れの通過点に過ぎないのではないかと思ったわけである。 大きな目でみれば、春も時も神の子である。人が滅びても時は流れ続けるし、気候が大幅に変わらぬ限りは、四季のある地域なら変わらずに毎年、春は訪れ続けることだろう。人にできることは、毎年移ろう四季をただ、過ぎゆくままに味わうことだけであろう。

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コメント

行雲流水。僕に出来るのは、巡り来る四季それぞれをそれぞれに愛で楽しみ、
精一杯・・・遊び倒す事ですww!

観測史上、来なかった春は無いし、止まなかった雨も、またありませんね。

止まない雨はない。
使い古された言葉ですが、素敵な言葉ですよね。
Firoswiさんのそのポジティブシンキングを見習い
たいです!

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