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2005-10-29

ビジネスとしてのアニメと表現としての小説。

朝の吊り広告でZガンダムが掲載されていた。今さら見たいとも
思わないし、そもそもが今さらのリメイクは自身の才能の枯渇を
認めるようなもんじゃないかとも思うが、鬼子のように自らいう
作品であり、ずっともう一度やり直したいと思っていたのであれ
ばそれはそれで一表現者としてとても真っ当な結論ともいえる。
しかし一度、終わってしまった作品に仮に別のクライマックスを
用意したとしてもやはり違和感は否めない。エヴァンゲリオンと
同じように。

また、富野ガンダムは私の中で既に終止符を迎えたということも
ある。「機動戦士ガンダムF91」と「閃光のハサウェイ」でき
れいな最後を迎えたと私は感じているし、純粋なガンダム物とし
て以降のガンダムは見ていない。
小説版ガンダムシリーズは見事にSFしていると思うし、「閃光
のハサウェイ」はその中でも特によくできていると思う。無意味
におもちゃ業界を喜ばすようなMSも視聴率確保のためのキャラ
クターも出てこない。淡々と物語は進み、アムロ世代に終幕を与
えた。
また、「機動戦士ガンダムF91」はガンダムのアフターストー
リーとして、とても完成されていた気がする。アムロやシャアの
ような人気キャラクターも出ず、戦争も非常に局地的。いささか
非現実的な設定だったが、なかなか見せる。当時は子供たちが走
り回り、私自身、あまり満足して見ていなかったが、見れば見る
ほど、なかなかの出来だった。何より、それまであった若者と大
人との対立ではなく、純粋な勧善懲悪物に徹したところも歯切れ
がよい。主人公も少年過ぎず、それなりに大人びたところもまた
印象がよい。

Zガンダム以降、富野氏はビジネス界に振り回される自身を主人公
の少年たちに投影し、勝てない大人たちへの怒りをぶつけた気がす
る。だからこそ彼の描く世界には戦争が続く。自分がアニメの世界
に沈んでいるように。大人への怒りと失望。そんな焦燥感を今は
感じる。それが、シャアによる地球へのアクシズ落としへ、しかし
それはかつての少年であったアムロと母なる星により封じられ、さ
らに「閃光のハサウェイ」で完全に自己を抹殺させ、そこで、ある
種の悟りを得たのではないか、などと考えてしまう。

無論、これらの感じはあくまで私の勝手な妄想であり、富野氏自身が
果たしてかつてどういう思いだったのか、また今がどうなのかは
わかるわけはないのだが。

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コメント

F91は大学の友人が強く勧めたので、
見てみたんですが当時ファーストしか見ておらず、
Zとかの背景なんかも知らなかったので、
1度見て「フーン」てな感じだったのですg、
また色々と考え方・感じ方が変わってきた今、
見直したら面白いかも。

あとでレンタルに行ってこようっと。

なかなかよい、という私の主観です。
でも、Zとか、ZZとか、逆襲のシャアから見て
頂いた方が・・・。ファーストだけですと、おっしゃる
ような感じで終わっちゃう気が・・・。
ZもZZも長いですし、全部、見ろってのも無茶です
けど・・・。

Zは見たんですが、
ZZはちょっとお笑いに走っているという話を聞いて、
なんだかな~という感じなので、
逆襲のシャァ見てF91見てみます。

ZZ、たしかに前半はナニですが。
後半はなかなかおもしろいですよ。
結構、悪くないです。
まあ、逆襲のシャアに通じるキャラはほとんどいません
し、見なくても大局には影響ないでしょうが。

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